海のサイエンスカフェ

日本海洋学会教育問題研究会



気候変動と海洋生態系
-風が吹くとイワシが増える?-

 話題提供: 伊藤幸彦さん(東京大学大気海洋研究所)

  進   行: 小橋史明さん(東京海洋大学)

 日   時: 平成25年3月23日(月曜日) 10時30分-12時30分

 場   所: ヴァージンカフェ品川
         東京都港区港南1丁目9番32号 アレア品川別館207

 主  催:日本海洋学会教育問題研究会

 担  当:須賀利雄、市川洋


【参 加 者】19名(一般:10名、海洋学会員:9名(そのうち教育問題研究会会員:8名))

【話題提供者からのメッセージ】

第11回の海のサイエンスカフェに「気候変動と海洋生態系~風が吹くとイワシが増える?~」というタイトルで話題提供をさせていただきました。近年、人為的な環境改変や水産資源の乱獲が各地で問題となっていますが、水産資源が自然変動すること、またその変動が物理環境に端を発するという科学的知見は、社会的に広く認知されているとは言えません。今回のカフェでは、大きく資源変動することで知られるマイワシ・カタクチイワシを対象に、気候変動との関係がどのように見出されてきたか、現段階で何が明らかで何が明らかでないか、また今後どのような研究な進展が期待されるかという点について、これまでなされてきた研究のレビューと、私自身の取り組みを紹介しました。
内容の骨格は科学的に公表されている論文や報告、発表で構成しましたが、サイエンスコミュニティー外の方々との対話が進行の軸になるということで、配布資料と講演はできるだけ一般の方の視点に近くなるよう検討しました。事前に申し込みいただいた方々が提示されたご興味と質問、教育問題研究会の皆様のコメントが大変参考になりました。また、マイワシやカタクチイワシがどういう魚なのかという話題の入り口でのつまずきがないようにと考え、マイワシ・カタクチイワシの成魚(鮮魚)、カタクチイワシの稚魚(煮干し)、仔魚(シラス)を会場に持参しました。これは、私自身が魚類の専門家ではないこともあって思いついたことですが、参加者の皆さんとのコミュニケーションにも役立ちました。
前半が講演中心、後半がグループ討論という進行予定でしたが、前半から多くの質問をいただきました。中には回答するのに少し時間を要する鋭い質問もありましたが、これらの質疑応答が皆さんの理解を深めることにつながったのではないかと思います。後半のグループ討論では、生態系や魚に興味をお持ちの方々とお話させていただきました。話が盛り上がってサイエンスからは脱線することもありましたが、それも含めて活発かつ楽しい議論ができたと思います。終了後のアンケートでは、多くの方に「内容を良く理解できた」「目から鱗の驚きを覚えた所があった」「面白いと感じた所があった」と回答いただきました。ただ、「少し時間が不足」というご意見もありました。
本サイエンスカフェでは、話題提供者である私も大変楽しく、また勉強になる点も多々ありました。参加者の皆さん、教育問題研究会の皆さん(特に世話役の市川さん、須賀さんと進行の小橋さん)、イワシ試料をご提供いただいた「お魚俱楽部はま」さん、会場を提供してくださったヴァージンカフェ品川さんに感謝申し上げます。

(伊藤幸彦)

【進行担当者からのメッセージ】

当日は天気が良く,春らしい日差しが感じられる中,第11回の海のサイエンスカフェを開催しました.会場は,昨年の春と同じ,品川駅直結の大変便利でおしゃれなヴァージンカフェ品川を使わせていただきました.今回は,私たちの食卓に並ぶことも多い「イワシ」を話題として取り上げたためか,一般参加が10名と例年に比べて多く,また遠方からの参加者もいて,強い関心を持った方々に集まっていただけました.
はじめに,研究会員による自己紹介を行い,次に参加者の皆さんに自己紹介をして頂きました.続いて,東京大学大気海洋研究所の伊藤幸彦さんに,マイワシとカタクチイワシの漁獲量の十年周期の変動と気候変動との関連についての話題提供をしていただきました.専門的な内容でかつ水産,生物,物理といった複数の分野にまたがる話題でしたが,とてもわかりやすい言葉で丁寧に解説されていました.途中,参加者からいくつもの鋭い質問が出ましたが,それに対しても,一つ一つ丁寧に言葉を選びながら回答している姿がとても印象的でした.伊藤さんの物腰の柔らかい話し方もあり,気軽に質問できる雰囲気があったように思います.会場からの質問により,時々話が脇道に逸れたりもしましたが,参加者と話題提供者の活発なやり取りが,結果的に,参加者全体の理解を深めることにつながったような気がします.実際,アンケート結果をみても「よく理解できた・ほとんど理解できた」という回答がほとんどでした.また,伊藤さんが持ち込んだ新鮮なイワシやしらすも,参加者を話に引き込むのに効果的だったと思います.
その後,少人数のグループに分かれて,話題に関連する話や普段疑問に思っていることなどについて,参加者と研究会員とで自由に懇談しました.どのグループも,参加者が積極的に質問し,とても熱の入った議論が時間いっぱい続きました.終了時刻を迎え,活発な議論を止めなければならなかったことが残念でした.最後に,グループ内で話された話題についてそれぞれ報告してもらい,内容を参加者全員で共有して終了となりました.
アンケート結果を見ると,皆さん概ね満足していただけたようで,今回のサイエンスカフェは大成功と言ってもよいかもしれません.ただ,自由懇談の時間が十分に取れなかったため,参加者の中には聞きたいことが全部聞けなかったという方もいたようです.話題提供と自由懇談の時間配分やサイエンスカフェ全体の時間の長さ(2時間)については今後検討する必要があるかもしれません.
最後に,サイエンスカフェにご参加いただいたみなさんに,会場を提供してくださったヴァージンカフェ品川のご協力に,心より感謝申し上げます.

(小橋史明)

【担当者からのメッセージ】

これまでの「海のサイエンスカフェ」は学会研究発表日の直前または直後の土曜日に開催してきました。これは、海洋学会大会に各地から参加する海洋学会員が容易にサイエンスカフェにも参加できるようにするとともに、会社などの事業所の多くが休業日であることにより、一般の方々の参加と会場の確保が容易であろうと考えたのが主な理由でした。今年は学会研究発表日が金曜日から日曜日でしたが、上に述べた一般参加者の都合と会場確保を優先して、学会研究発表期間中の土曜日に開催することにしました。ただし、この日程では、話題提供や進行を担当する海洋学会員の研究発表日時が「海のサイエンスカフェ」開催日時と重なり、サイエンスカフェに参加できなくなる可能性がありました。このため、研究発表プログラムが確定・公表された後にサイエンスカフェの開催要項を発表しました。その結果、開催告知が開催1ヵ月前の2月下旬になってしまい、「海のサイエンスカフェ」への参加を希望されていた方々にご迷惑をおかけしていまいました。なお、進行を担当する予定であった川合美千代さんがサイエンスカフェの途中までしか参加できないことが数日前に判明し、急遽、小橋史明さんに進行をお願いしました。直前のお願いにもかかわらず、ご快諾頂き、昨年の話題提供に続いて大役を果たして頂きました。小橋さんに厚く御礼申し上げます。
会場は昨年と同じ「ヴァージンカフェ品川」でしたが、昨年の反省から、禁煙スペースを優先的に使用しました。ただし、10時30分開始の連絡が不十分であったため、従業員が出勤してきたのが開始直前となってしまい、参加者の皆さんが自己紹介される間、飲み物が全員に配られるという、慌ただしい雰囲気となってしまいました。
今回の話題が、イワシという、一般に馴染み深い魚のことであったこともあって、事前に12名の方が申し込まれたました。その内の3名が欠席されたものの、前日に参加申込みされた1名をあわせて、10名の方が一般参加されました。目標の20名に比べかなり少数でしたが、禁煙スペースにゆったりと座って頂けた点では良かったと思います。
小グループ分けの際には、10名中9名の一般参加者が資源変動についてさらに詳しい話をすることを希望されました。支援のために参加した海洋学会員の中で水産資源変動に詳しい研究者が数名いたため、水産資源変動についての3グループと、その他の話題についての1グループに分かれて懇談しました。一般参加者のアンケート回答では、多くの参加者から小グループ別懇談が気楽に質問出来て良かったなどの高い評価を頂いきましたが、グループ分けはランダムでも良かったというご意見もありました。参加者の中に多様な考え方があることに対する主催者側の対応について考えさせられました。

(市川洋)

【追加質問と回答】

参加者のお一人から後日にメールで頂いた追加質問とそれへの伊藤さんの回答を以下に公開します。(市川洋)

Q1:イワシの漁獲変動については、様々な方が調査・研究に携わっていることを知りました。発表者の伊藤様の考え方の新規性は、「水温や餌の変動がマイワシとカタクチイワシの魚種交替を発生させている」という点でよろしいでしょうか。

発表でも申しましたように、イワシ類の資源量変動に関しては、多くの研究者が数十年にわたって知識を一歩一歩積み上げて現在の理解に至っております。「水温や餌の変動がマイワシとカタクチイワシの魚種交替を発生させている」という考え方は、多くの研究者の研究結果の上に築かれたシナリオで、私が初めて提案した考え方ではございません。

Q2:マイワシは稚魚まではいるが資源加入になるといなくなるという実態は、気候変動により、成魚が日本に近づかないだけで、どこかにいるということは考えられませんか。

マイワシの産卵場が日本の沿岸域であることと、加入率の低かった1988ー1991年生まれのマイワシの大きい群れが、日本近海以外で見られたという報告もないことから、「どこか別の場所にいてよりつかなかった」可能性は低いと考えます。

Q3:成魚が少なければ産卵も激減しているはずですが、気候さえマイワシに有利になれば、数年で回復すると考えてよろしいのでしょうか。回復するには、もう産卵数が致命的な量になっているということはないのでしょうか。

「気候の数十年変動が資源変動を引き起こしている(に違いない)」というシナリオに基づけば、そろそろマイワシが増えて良い時期にあります。2010年には非常に加入率が高く、2011、2012年はそこそこでしたが、今年(2013年)はかなり多そうだという報告があります(まだ加入にいたっていないので未確定です)。また、現段階で受精に支障をきたすほど産卵数が少なくなっているという報告はありません。2010年に多く生き残った成魚から生まれた仔魚が、今年もまた多く生き残るのであれば、急速に資源が回復する可能性はあります。

Q4:伊藤様の「千島列島付近の潮流と鉛直混合」の研究の中には、南極の方から北上した深層循環水の湧き上がりについてもお調べになられていますか。親潮が栄養分の豊かな理由は、第一にこの深層循環水の影響なのでしょうか。土佐湾にも一部、深層循環水の湧き上がりがあると聞いたことがありますが、イワシの産卵場所が土佐湾なのはそのような理由もあるのでしょうか。

一つずつ回答致します。
・千島列島付近の鉛直混合は北太平洋の深度1000 mくらいまでの層に分布する(海域によって分布深度はかわります)北太平洋中層水の形成に大きな影響を与えている可能性が指摘されています。他方、グリーンランド沖や南極海で海氷形成に伴って沈みこんだ「深層水」は北太平洋では2000m以深にあります。したがって、千島列島付近の鉛直混合はグリーンランド沖や南極海で海氷形成に伴って沈みこんだ「深層水」の湧きあがりには関係していないと考えます。
・一般に海洋での栄養分濃度は植物プランクトンによって消費される海面で低く、沈降した糞・死骸などが分解する下層で高くなっています。北太平洋親潮が栄養分豊かなのは、第1には風の影響です。親潮の緯度帯では、風系が反時計回りであることに関係して海洋内部に生じた上昇流(「エクマン湧昇」という言葉が使われていますので、検索等なさってみてください)によって下層から高い栄養分濃度の海水が上層に運ばれます。また冬季の強風、冷却によって表層近くの海水が下層の高い栄養分濃度の海水と混合されること(冬季混合層の発達)、オホーツク海から栄養分豊富な海水が入り込んでくることも要因の1つです。深層循環の涌き上がりはプラスの効果だとは思いますが、これらに比べて重要であるという報告はありません。
・2~3月の土佐湾は、マイワシの産卵に好適な水温で仔魚の餌も多いことが知られていますが、水温・餌環境が好適な海域は他にもあり、なぜ土佐湾がマイワシの主産卵場になっているかという理由は良く分かっていません。なお、室戸沖の「海洋深層水」は有名ですが、約500 mに満たない深度から取水しているようですので、海洋学で言うところの「深層水」とは異なります。

ご参考(日本海洋学会教育問題研究会ウェブサイト):
http://www.jos-edu.com/umi_no_kyousitu/03smiles_04_column02.html